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本山 本満寺 縁起
 当山は人皇第百一代後小松天皇の御宇、応永十七年(一四一〇)の創立。
開山の玉洞妙院日秀上人は、近衛関白左大臣道嗣の嫡子で、朝廷より敷地三万坪を与えられて、広宣流布山本願満足寺と号し、近衛殿内道場と称して栄えたのである。室町幕府から安土桃山に移った頃、天文の法乱で当山も全焼、天亀三年(一五七二)に晋董される。後奈良天皇(一五三九)の勅願所となって大いに栄えたのである。慶長七年(一六〇二)に当山第十三世日乾上人は朝廷より紫方袍を賜わり、豪族能勢氏の帰依を得て、能勢の妙見寺を開いたのである。
f0207713_9114021.jpg 当山の妙見堂はその由緒に基くもので、能勢同体の妙見大菩薩が安置され、その本願祈願祈祷の強さが広く渡り、現在もその祈願者がたえず、毎月一日がその日に定められている。宝暦元年(一七五一)当山の日鳳上人が、八代将軍徳川吉宗の病癒祈願の祈祷をしてその健康を回復、以後、徳川家累代の祈願所となりまた栄えたのである。その奉安の祖師像は、芹生村山麓より発掘されたものであり、その土中より法華経読誦の声が上ったという有名な説がある。当山の第十四世日遠上人が祖山に瑞世された当時、慶長法難は有名な話しであるが、上人が、七面山にて一千日の行を修して感得されたという七面大明神は当山の七面堂に安置され、当山第五十九世日政上人による本願祈祷は現在も語られ、今日では毎月十九日がその祈願日と定められている。寺宝重要文化財、紺紙金泥「法華経」「観普賢経」はあまりにも有名であるが、狩野元信筆の祖師像、後水尾天皇の宸筆の和歌、宗祖の墨蹟、竜ノロ消息、近衛信尹郷の筆跡、徳川家拝領の御軸、屏風、蒔絵、硯箱、文台、重箱等数えきれない宝物が保蔵されている。
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by myou_sanpai | 2009-04-21 23:04 | 本満寺